クロノクルセイド二周目

っていうか、それより、ドラゴン系の作品に対する話と言う方が正しいかも。
正直、あまり面白い物とは感じなかった。貶すわけじゃないけれど、なんとなく、やっぱりドラゴン系だなあというか、自分には合わないのかも知れないし、なんとも言えない。本当ならさりげなく、合わないのだろうから、考えるのをやめておくのが精神衛生にいいのかも知れないし、観客さんには、不快感を与えるばかりで、まったく建設的じゃないのかも知れないけれど、つい考えてしまう。と言うよりは、自分的にあのジャンルで、文句なしで理屈抜きに面白いと感じる作品を一度は見てみたい、という欲求が強いからこそ、なんで面白く感じないのかなあとか、考えてしまって、つまりは、ジャンル自体は好きというか、興味があるンだろうなと思う。
ああいう感じの作品を、どう評したらいいんだろう、ライトノベルのファンタジー物とも言えるし、やっぱり、ドラゴン系とも言えるし。
スレイヤーズとか、ロストユニバースとか、トライゼノンとか、ゴクドーくんとか、うーん……と。
思ったのが、一つには敵対する相手が、悪魔とか魔物とか化け物になった場合、まず、相手に人格がない。暴力を婦振るう存在であるだけで、機械とかロボットと同じ。人語を理解して、それなりに相手に事情があったなら、それを、殺すという形で決着を付ける主人公達は、悪人に見えてきてしまう。そうなると人語を解する相手と対立するわけにもいかないし、人語のわかる相手とならば、毎回痛み分けとか、悪人として捕らえるしか手段がない。
考えると、ファイズなんか面白いけど、それは相手の反勢力やオルフェノクが単なる怪物でなく、元人間で人格があってドラマを背負っているからかもしれない。といっても、最終的にオルフェノクになることで、支配されて完全悪になってしまうから、殺すしか手段はなくなるというごまかし方で、相手を必殺技で殺すというカタルシスを表現することに対して罪悪感を感じさせないようにしている。
事情のない敵をやっつけたり、狙われたりしても、ふーんやってるなあ、とかしか感じられない。ライトノベルのファンタジー系の話ってみんなそんな感じだし、そう言うところに原因があるのかなあ。
対等の立場での殺し合いと言うと、ヤクザ映画なんか面白かったりする。仁義なき戦いとか、ヤクザ映画なんてと敬遠していたけど、見てみたら面白くて、シリーズ3話ぐらいは見た。日本人だったら機会があったら見ておくべき。
とは言ってもね、これ言っちゃうと身も蓋もないけど、(まあ、詳しく知らない人間の勝手な想像力だけど)ドラゴンコミックスだからなんじゃないの?とか言う気もする。昨日のクロノクルセイドのストーリーなんか見てても、窮地に陥ってても窮地に見えないし、窮地をどうやり過ごしたかと言ったら、どういうわけか都合良く魔物くんが新型弾をだまし取っていたからで、となんの工夫もないし、あのネームを持っていったら、角川は、面白いね、イーネ!って担当さんは通っちゃうんだろうけど、面白い話が多いなあとか思ってるアフタヌーンや、つまらなかったら生きていけない四大週刊少年漫画誌の担当さんだったら、目を通しても「つまらない、ありきたり、もう一度ネーム練り直してきて」とかネーム通らないだろうなあ、とか想像できたりする。
とか考えてると、いやいや、ドラゴン読者には、あの方が望まれる形なのかな?とか思ったり。
このぐらいでやめとこう、きっとそのうちもっと面白くなるかも知れないし。