vermilion 666階 

ご注意、この物語はフィクションです、この作品は、挑発的、露悪的、不快感を刺激する意図で書かれています。そう言うわけで、気の短い人、表現の自由など理解出来ない愚かな人間や脆弱な神経の持ち主は精神の健康のため読まない方がいい。と、この段階でムカムカする人間は読むべきじゃない、カエレ。

その階層は、光も差さぬ居場所であった。通路に持ち込まれた発光茸が自生し青白い鱗光が唯一の光源だった。
青年は目が闇に慣れてくるとその明かりでも十分歩けることを知った。用心深く回廊を歩きながら目指す部屋を探した。
ここは獣の住む階層。部屋の扉を通りすぎる時は特に緊張した。突然巨大な獣の黒い毛むくじゃらの手が伸びて人形のように捕まれる妄想に意味もなく怯えた。
扉が開くことはなかったが明らかに扉の向こう、壁の向こうにはなに者かの存在の気配はあった。壁の擦過音、床を踏みしだく音、なにかの滴る音、物を咀嚼する音、怖ろしい出来事を想像するには十分すぎる物音であった。
723号、くすんだプレートに彫金された細い文字が部屋番号を現していた。青年はノックしようか迷い、そのまま飛び込むことにした。
誰何したところで答えが返ってくるようにも思えない。間違ったところで取り返しがつかなくなるだけだ。青年はショートソードを抜く。40センチほどの小振りの切れ味の鋭い東洋系の業物。
ノブを静かに回しラッチをはずす。刀を腰溜めに構え左手を添えて部屋に入る。素早く室内を見回し左右を確認する。
部屋の中は、程良く腐っていた。暗い室内に、光沢を放つ黒い壁。
愛想のない室内の調度。
青年は刀を投げ捨てた。
突然柄が焼けた。反射的に刀を落す。湿気た床の上に触れた柄が軽い焼けた音をはなつ。
正面に人影がいた。青年は、刀を拾おうとしたがやめた。
「ようこそ」
部屋の主は口を開いた。
青年は口を開かない。
「物騒な物はこの部屋では持ち込み禁止だからね。よく反応したね。普通は、大抵、焼き付いてしまうんだ」
青年は軽く火傷でうずく手を開閉した。
「ああ失礼、君には光が必要だった」
部屋の主が言うと壁に刺さっていたロウソクが灯った。
主の顔が見えた。右目は瞳孔がなく白目だった、左目は黄色く濁った白目に魚のように開いた瞳孔が緑色の光を反射していた。
両眉毛の上にアイブロウの様な金属のピアスに見える鉄線が三本並んでいる。
レディオヘッドか?
視覚を失った部分を機械で補うという技術があるというのを訊いたことがある。レーダーヴィジョン、出力を上げれば金属も発熱できる。
「君はあの本を見たね」
「あの本?」青年はやっと口を開く。
「そうだあの本だ。私を殺しに来たのだろう」
「確かに僕はあの本を見ました、しかし違います」
「君は知っているだろう、あの本を見た人間が戦い合う運命のことを」
部屋の主は青年の顔を見た。正しくは電走した。
「ほう、なるほど、君は向こうの人だ。珍しい、その顔に覚えがあるよ。よーく知っている顔だ」
部屋の主は手を伸ばしグラスを取り口を湿らす。
「ここがなんと呼ばれているか知っているだろう」
「獣の部屋」
「そう獣の住む階層。獣共の部屋だ。私も当然獣の一人だ。君もその理由を知っているだろう。忘れられるわけがない」
「あすなろ保育園、実にいい所だった。フェンスは美しい、門扉は動物の銅像にイギリスの兵隊の透かし彫り。生徒数は48人。手頃だ、殺すにはちょうどいい。ぴったりだ」
「結局、バールのような物しか使わなかったよ。わざわざホームセンターでハンドアックスも買ったんだけどね。使わなかった。ちょうど君の落した刀ぐらいの45センチのバールが一番よかった。幼児の頭を叩き割るにはね。バールの曲がった方を持つんだ。曲がり具合が上手く滑り止めになっていい。脳みそというのは思ったよりヌルヌルするもんなんだ。逃げた幼児が12人、追いかけて殺したのが4人、逃げたのが8人。泣いて逃げなかった子供の頭に細くなったバールの先を振り下ろす。重さがちょうど威力になって面白いようにめり込んでいくんだよ。人を殺すためにあるような道具だよ。16人だったかなあ。手当たり次第だったねえ。小さな校庭の砂の上にたくさんの血溜まりが出来たねえ」
「あとは、教室に逃げ込んだ子供を焼き殺す。親の車から抜き取ったガソリンを1.5リットルのペットボトルに二本詰めてきた。十分だった何しろシックハウス対策で木の校舎だったしね。蓋を開けたペットボトルを倒して石を詰めた新聞紙に火を付けて遠くから投げる。全部焼け死んだ」
「君、あの時逃げた一人だろう?」
部屋の主はそう言った。
「それがあの本が見せたお前の過去か?」
青年が言った。
「そうとも、忘れていた記憶さ。だから私はこの部屋にいる」
「それを本当だと?」
青年は訊いた。
部屋の主はその問いかけに多少狼狽する。
「あれが嘘だというのか」
「俺はあの本で忘れていた事件を思い出した。火を恐れるのも、金物に異常な恐怖を感じるのもすべて理解した。だが本当なのか?幼児40人殺しの犯罪者と生還者がここにいる。偶然すぎる」
「ふん、なるほど。だが、やっぱり私は獣だ。たとえその記憶がまやかしとしても、一番の恐怖は、私がその記憶を思い出してもなにも恐怖しないことだ。作業のように幼児を殺し、焚き火のように焼き殺しても私の心はなんとも思わない。いつものように人を殺し火を放ち、混乱した中に紛れて家に帰り、夕方に最終回のアニメーションを見て感想を書くような人間はおそらく獣だ。今もあの時の感触と、臭いを手と鼻腔に思い出す。それでもなんの畏怖も抱かない。確かに小学校を襲うよりたくさん殺せたと思っただけだ」
「私はそんな獣なのだよ。さあ、殺しの時間だ」
獣の部屋の主は立上がった。