vermilion::text F99 構成中

旅人は降り立った。99階のフロアーへ。
(http://d.hatena.ne.jp/l_ange_dechu/20021225)
螺旋の階段を上がると、大理石の調度、金の刺繍の施された緋色の絨毯とそれを留める純金の留め金。
しかしそれを旅人は目にすることはなかった。
黒いフードのマントを被ったその目には傷が走りほとんど光を捕らえない。わずかばかり右が近寄れば光を感じる程度であった。
が彼は迷うことなく、回廊を確実な足取りで歩く。後ろから青年が、彼を追いかけるようについてゆく。
「おい、あれ、あいつ」
そのフロアーにいた数人が、彼の行動に気が付いて声を掛けた。
人々は、我先に、逃げられる者は後も見ず逃げていく。
「やめろ、馬鹿者が!」
近くの男は、彼を留めようと近づき、剣を抜いた。
盲の旅人はトンと軽く杖で男を突いた。屈強な黒山のような男は、うずくまって動きを止めた。さらに制止に入ったもう一人も旅人のひと突きで自由を失う。
「開けるな、やめろ!」
まだ逃げない者が叫ぶ。
旅人は聞こえぬ風で、ロビーを突き進み、開けてはいけない扉へ進む。
「やばい、本気だ。逃げろ!」
怒号が沸き上がる。
「誰か、撃て、なにかないか、あいつをとめろ!」
電雷砲を取り出した兵士が銃を構える。
パーンと破裂音が空気を撃ち、青白い玉が飛ぶ。旅人の後ろに突いていた、青年が、玉を掴むと、投げ返した。象牙の調度品が炸裂してはじける。
旅人は、鎖と金属で封じられたドアに手をかける。
手をかけた途端、ドアが振動しはじめ、封じられていた金属がギリギリときしみを上げる。
金属がはじけ飛んだ。
と、ドアの動揺は収まる。
「いいか」旅人は言う。
「いつでも」
旅人はドアを開けた。
見上げるほどの金属の骨格の機械が三台現れ、刃の羽を一斉に飛ばす。そこに生ある者がいれば、一人残らず、命を失う嵐だ。
この緋色の絨毯は、野心家の王の兵士達の血を何度吸い上げたことか。
ふたりは立っていた。絨毯に突き刺さる刃は、盲の前で扇状に避けられていた。
「カイン!」
「はい。見よ!彼方を守りし、鉄鋼無敵の機士たちよ!天の中の天、遙か高みのヨアヒムの聖地閉ざされし道は今開かれん。その任を解き、鉄芥に帰れ!」
青年は、本を開き、捧げ上げた。
三体の機士は受像器を青年の掲げる本に向けると、バラバラと崩れた。
「やりましたよ」
「うむ」
二人は機士の出現した部屋へ入った。内部には転送機があった。
旅人は上行きのボタンを押す。
扉が開く。二人は中へはいる。
扉の横に数字のボタンと表示窓があった。
旅人は9を押す。
「九」と表示窓が光った。
さらに9を押す。
「九十九」
旅人は押し続けた。
九百九十九
九千九百九十九
九万九千九百九十九
九十九万九千九百九十九
九百九十九万九千九百九十九
九千九百九十九万九千九百九十九
九億九千九百九十九万九千九百九十九
九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十
九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九千九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九垓九千九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九十九垓九千九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九百九十九垓九千九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
九千九百九十九垓九千九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十九億九千九百九十九万九千九百九十九
桁が溢れると表示が変わった。
九穰
九溝
九澗
九正
九載
九極
恒河沙
阿僧祇
那由他
九不可思議
無量大数
無量大数
無量大数
無量大数
無量大数
旅人はボタンを押し続けるが、もう表示は変わらなかった。
「カイン」旅人は言った。
「なんでしょう?」
若者は、旅人の言葉を聞き取ろうと耳を傾けた。
旅人は、カインの背を押した。
カインはよろけ、ドアの外へ押し出された。
旅人は、移動ボタンを押した。
カインが振り向くと閉まりかけるドアの中で、光が煌めき旅人の身体は淡く消えていくところだった。
2003/07/06