vermilion::text F16 構成中

長いと思った階段は思いのほか短かった。一度長い睡眠をとっただけで、階段は終わった。
あの男までの道のりの長さは昇る者を拒むための意図なのかもしれなかった。
階段を上りきると、円形の石で作られたホールの真ん中に出た。
壁一面になにかある。近寄っていくと、壁にはさまざまな形の扉がたくさんあるのがわかった。壁だけではなく、足元にも扉が作りつけられていた。
奇妙な光景に私は呆然とする。
どうしたものかと思案していると、ギイ、と扉がきしみを開けて開いた。
「おはよう、気が早いね!」
少年が元気な声を出し、扉から出てきた。金属のなにか台のような物を引きずっている。
私が出てきた階段付近に台を据え付けると、少年は台に付いた金属のハンドルを回しだした。ギシギシときしみをたてながら折り畳まれていた物が伸びる。すっかり伸びきると、天井に着くほどのちょっとした階段になった。
少年が階段を飛び上がる。
少年は階段の途中で止まる。
「どうしたの?待ってたんだろ?」
答えながら私は促されるままに階段を上がる。
「いや、そういうわけじゃないんだ、今来たばかりで」
少年は天井についたけノブを掴んでいた。天井にも扉が取り付けられているのだとわかった。白い丸い引き戸で、両開きにノブが二つ付いていた。ノブは回らないようだった。次は扉に耳を付けて音を聞いているようだった。
「ほらおじさんも回して」
少年は場所をあける。言われるままにノブを握った。回してみるが、回る様子もない。
「だめだな」失望のこもった声で少年は言う。
「それで、これはなんなの?」
「なんだ本当になんにも知らないんだな。上への扉だよ」
「上って開かないじゃないか」
「だから不開の扉なんだろ。選ばれた者にしか開けられない扉なのさ」
少年は階段を下りていった。気が付くと、人間が集まり始めていた。階段を目指す者、扉から出てきて、また別の扉に入っていく者もある。
「ここってどんな所なんだい?」少年に聞いてみる。
「交差点みたいなところさ。色んな世界が交わるところ。ただ無いのは上に通じる世界だけ」
「それがあの扉ってわけか」
私はもう一度見上げた。この部屋の天井にある白い扉を。
「でも、単なる言い伝えなんだろ。贋物の飾り扉。宗教っぽいね」
「ほんとだよ。うそじゃない」
「証拠がないじゃないか、こういうのは伝説なんだよ、真実の口みたいなものさ」私は少年の後を追いながら言った。
「ぼくはあそこから降りてきたんだから、ぼくが証拠さ」
少年は振り向いて言った。
「そうか、そう言うなら信じるよ」
少年はまたくるりと私に背を向けた。
「行く当てはあるのかい?よかったらうちに来てもいいよ」
私は少年の申し出を受けることにした。
   ☆
少年に案内されたのは教会だった。孤児を世話している小さな教会だった。
年輩のシスターにこの世界のことを説明された。少年から聞いた通り、あそこは色々な世界の交差点の扉の部屋だった。
上の世界については信仰の対象、伝説のようなものだった。あの少年カインの言うことは半分は正しい、半分はでたらめだった。
カインには兄がいて、あの部屋で裸の兄が、裸の赤ん坊の弟を抱いて立っていた所を見つけられた。事情はわからない。弟は赤ん坊だったし、兄は口がきけなかった。どこから来たかと尋ねると、黙って上を指さした。
そしてこの教会で兄妹仲良く育てられていたが、預けられて三年ばかりした頃に突然に兄が消えた。
カインは兄が扉を開けて上へ行ったと思っている。
それだけの話。
「上の世界というのは無いわけではないんですよね?」
私はシスターに聞いた。
「もちろんです。他の扉には、下へ続く世界のあれば上へ続く世界もあります」
あの男は上へ行ったと言う。あれも別の世界の上なのだろうか。男はあの扉から本当の上の世界へ行ったような気がした。
私は男の本をシスターに見せてみた。
「これをどこで?」
「ご存じなのですか?」
「昔、懺悔をした騎士がこれと似たような本を見せました。騎士はその本のせいで国が割れたと言っていました」
「まさか、似ているだけですよ。それだけですか?」
「ええ」
私は本をしまった。なにか本にヒントがあるかと思ったが、開けることは出来ないようだった。
それにしても壮大な話だ。そんなわけはないだろう。
私はしばらく教会に厄介になって、カインの様子を見ていた。
朝一番に階段を付けに言って確かめ。夕方にはそれをしまう。町の人間はカインの言うことは信じていない。カインはただ、兄に置き去りにされた子供だった。
「カイン」
旅立つと決めた朝、カインについて階段運びを手伝った。階段を上りながら話しかけた。
「今日上へ行くよ」
そう言った私の顔をカインは見上げた。
私はカインの先を進みノブに手をかけた。ピクリともしない。
「ここじゃない」
「俺の思う上だ」
「カインはどれだと思う」
「ここだよ」
天井の扉を叩く。
「そうか……」私は四方を見渡した。
「俺はあれにするよ」
「向こうの扉を指さした」
「なんで?」
「なんとなくさ、俺には奇跡は起こらないみたいだし、奇跡を待ってここに居続けるわけにはいかない、悪いけれど、ここでお別れだ」
そう言って私は階段を下り、なんとなく選んだ扉に手をかけた。
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