LAST EXILE

最終回。正直落ち着いてないです、もう少し冷静になって、見直してから書きましょうって感じなんだけど。
クラウスがシルヴァーナの元へ向かっているところへ、ディーオが復活で、やったー、キター!な感じで終わった前回の続き。
なんだけど、ディーオ、洗脳解けてなかった様子。バリバリ撃ってくるし。と、そのやり取りの中で、ディーオはクラウスとレースしたときに気持が戻ったらしい。レースをしていて、前回ルシオラ降りて!とか言ったようにまた降りるように言う。と、クラウスに勝って喜ぶディーオ、やったよルシオラ、と後ろを振り向くと後座はカラっぽ、ボクが降りろって言ったから、と消沈して墜落していくのだった。って「なーにーそーれー!」
あまりの扱いに、あとは半分失神しつつ見てしまった。
シルヴァーナでは、メガネ副官が「これは消耗戦です、ここでデルフィーネに勝たなければ意味がありません」とか、特攻認定で、突撃することに。
一方ギルド船内では、艦長が、片腕の動きを取り戻し、近づいたデルフィーネの首を締め上げ、艦長がそこまで憎む意味を語り(ギルド艦内で笑っていたからと言うもの)デルフィーネの首を折る。艦長は本懐を遂げたと言うことでめでたしめでたし。もっと前にデルフィーネに対する憎しみを観客にブレゼンスしておいた方がよかったと思うが。
エグザイルの触手に阻まれつつ、ギルド艦橋に主砲を打ち込む。その瞬間、艦長の声が聴音師に届く。
副官の名を呼んでいたという事にはちょっとグッと来た。(追記、と言うウソにはでした、艦長はやっぱ死んだ昔の女の名前を呼んで、それをソフィアの名を呼んだとウソ付くんですね、それをどう受け取ったかよくわかんないけど、気が付かなかった)
これじゃあクラウスもアルも四番目の呪文も意味無しじゃん、と思ったら、エグザイルは暴走し続けているらしく、それをクラウスとアルによってあるべき姿に戻され、世に平穏が訪れた、という事らしい。
よくわからないけれど、ギルドの砂時計の紋章は、ただのデザインではなく、現実にこの世界は宇宙コロニーで、上と下をエグザイルによって隔絶されていた、と言うことなのかも知れない。と思われる意味不明なシーンが。
で、クラウス達は、どこか豊かな小麦畑で暮らして、モランは死んでなくて(なのかな、それっぽい男子がお父さんになってたけど)ディーオは行方不明のままと。
やっぱり、GONZOには人間的な感情を操作する物語的な上手さは望めないんだなあと言う感じだった。
それにしてもやっぱり見ていて思ったのは、3DCGのアニメ導入はいいんだけれど、斬新な表現を出来る手段じゃないんじゃないかなー?とか思った。テクノロジー的に、今できることを、どう効果的にやるかで精一杯とか。エグザイルになにか攻撃させようとなったとき、どういう新しい見た目の攻撃方法を出来るかとかじゃなく、今のやり方でどんな攻撃が出来るかとか、そういう選択肢しかないという感じ、ナウシカに出てきた触手って感じで再現してみますか、って感じで、データーを作ってそれでいっぱいいっぱいというように思えた。
普通にアニメだったら、なにか新しい表現を模索してみようどんな表現でも手を動かすだけ(書くだけ)だしと言う余裕があると思うんだけど。CGはデーター制作や流用で手一杯っぽくて萎えた。