vermilion::text F30 構成中

コンコン、私は無の商店という家の扉をノックしていた。
返事はない。扉を引いてみる。びくともしない。
ドンドン、もう少し強く叩いてみる。
やはり返事はない。扉を引いてみると、ガラガラと開いた。
鍵かかってなかったっけ?
私は気にせず、店の中に入った。
店の中は、程良く明るく、整然と棚が並んでいたが、ウワサによれば、ミッチリと物がつまっていると聞いていたのに、破産間際の百貨店のように、がらんと空いて、虚無な空間が、ずらりと並んでいた。
誰かいないかと、キョロキョロしながら店の奥に入っていった。
「あら、いらっしゃいませ」
棚を曲がると立っていた女店員が私に気づいてこちらへ来た。
「なにかお探しですか?」
「あ、いえ……」
女店員は私の背中の方を見る、思わず私は後ろに誰かいるのかと振り向くがそこには誰もいなかった。
「まあ、お客さん支払い甲斐があるわ」
「え、なんですか?」
「ああ、こっちのこと、気にしないで、なんでもご用意しますわよ」
「いえ、こちらの店主に会ってみたいのですけれど」
「うちの店主に?まあ、珍しいお客さん。会っても意味がないと思うけど、こちらへどうぞ」
女店員は奥の方に歩いていった。
迷路のような棚を抜けると向かいにカウンターがあり、初老の男性が座っていた。
「おじいさま、ゴールドカードのお客様」
女店員が声を掛けても、店主はピクリとも反応せず、不機嫌そうな顔で熱心に本のページをめくり続けていた。エマから話は聞かされていたけれど、これほどの物とは。
「こんにちは」
声を掛けてみる。やはり反応はない。勝手に喋ることにした。
「特にほしい物はないんです」
「じゃあ帰れ」
簡潔。
「有の商店に行きました」
無反応。
「老人から売ってやる自由はないと言われました」
一瞥。
「お前に売ってやるものもない」
断言。
「みたいですね」
無視。
「本がお好きなんですか?」
黙殺。
「面白い本があるんだけどな?」
ビク。
(お、反応)
「じゃ、帰りますね」
「見せにきたんじゃろ?」
「見たいんですか?」
「……いささか興味はある」
「あなたに読めるかなあ」
「もったい付けるな、つまらんものだったら承知せんぞ」
私は革袋を出し、鍵の付いた本を取りだし、手渡した。
店主はひったくるように手に取ると、本を眺め回した。
目を泳がすと棚に鍵があり、(さっきからそこにあったか?)店主は鍵を手にすると、本の鍵穴に入れ、回した。
かちりと留め金がはずれる。
店主は開いたページに目をやると、文字を目で追った。
「何が書いてあるんです?」
「静かに座っていろ」
かくんとヒザから力が抜けると腰が落ちた。いつの間にかそこにあった椅子に座り込む。
老人は明らかに興奮しているようだった。
と、
「うわっははははは!」
と笑いだし、バンバンと机を叩いた。
叩きながらも、文字を追う目は休まない。
「うわー、愉快だ。なんなのだ、あはははははっ!」
と、目元から笑い涙がドンドンと溢れてくる。
私は今だかつてこのように激しく喜び笑う人間を見たことがない。
「あー、助けてくれー、ははははは、はっはっ、苦しい、くるしい、あはははははははは」
と笑いながらページを繰っていく。
笑いは突然やんだ。
パタンと本を閉じると、カチリと留め金が閉まった。
あれほど満面の微笑みを浮かべていた老人は、仏頂面に戻り、冷静に本を置いた。
「……どうでした」
「面白かったよ、これほど愉快な物を読んだことはない」
「どんなことだったのですか」
「お前には無意味だ。私も誰にもあかすことはない」
「そんな、鍵は?」
「もう無い」
「なんだ」
私は失望した。あんなに面白そうなことを一人占めされた。
「いい物を見せてくれた。代金を払おう」
店主は言った。
「森の死体と腕を送る男には気を付けろ」
「はあ?なんですか」
「これが代金だよ」
「森の死体、腕を送る男……まあ、いいですけどね。この本はどうします」
「いらん、読んだ本に興味はない」
「私が持っていて意味があるんでしょうか」
店主はもう本に戻っていた。
「私がこの世界に来た理由とかわかりませんか?」
返事をする気もないようだった。
「これ夢なんですよね?」
私は肩ををすぼめると、迷路の棚を戻った。
「ご用の際はまたいらしてね」
女店員に名残惜しそうに見送られた。
http://d.hatena.ne.jp/hinocha/20030428#1051505100
http://d.hatena.ne.jp/cc2/000004
http://d.hatena.ne.jp/as_black_as_jet/20030525#1053888859
無の商店は様々な方がかかれています。