キャラを立てる話

で、上のことと関連したこと(なんでマンガは面白いのか)と言うことと関係があると思うんだけど、小池 一夫氏の言うマンガにおけるキャラを立てるとかいう手法なんだけど。
それについて思ったんだけど、きっかけは、http://d.hatena.ne.jp/zeroes/20031031#p2なんだけど(まあ読みに行かなくてもいいと思うけど)
今、キャラを立てるって事の意味を分ってないやり方が多いなあというか、立ててないと言うか、キャラ立ては必要なのか、そのやり方でないと面白く感じない方が感覚が古いのか、今はあまり意識されていない。
うーん、キャラを立てるとはどう言うことかと言うこと自体を説明することが難しい。
小池先生がよく説明するやり方をやってみようか。
主人公が登場する第一話、学園もので転校生という形、典型的なパターンですナ。
初めから主人公を登場させることはしない、脇の人間にうわさ話をさせる。
「今度来る転校生はすごいらしいぞ、前の学校で生活指導の体育教師を再起不能にして転向させられてこの学校に来るらしい」
「オレが聞いた話じゃ、難癖を付けてきた暴走族の集団を全員病院送りにして壊滅させたって聞いたぜ」
とか。読者はどんな屈強な男が来るかと期待させる、ところが案内されて入ってきたのはチビの少年だった、と、観客は、そこで、あれ?と思う。それを「キャラが立った」と言うと。
読み手は想像する、噂は本当なのだろうか、本当にチビが強いのか、それとも強い人間が後ろについているのか、特別な能力でもあるのか、本当にそのまま強いのかも知れないし、ずるいやり方で相手をやっつけるのかも知れない。
実はウソなのかも知れない、とすると、どうしてそんな噂が流れたんだろう、自分で流したか、なにかの理由があってそういうデマが流されたのか、その先が知りたい。
とか、そういう読み手とのかけ引きをするのが、書き手の仕事と言う物だろう。
キャラを立てないとしたら、どうなるんだろう。
冒頭は朝のシーン、チビの主人公が歩いている、恐そうな集団が主人公に絡んでくる「このチビ、目障りだ」「なんだとオレはチビじゃねえ」「元気がいいな、死にたいのか」「死ぬのはお前らだ、オレは国家錬金術師だぞ!」ドカンドカン、参りました。
とか。ハア?だから?みたいな、わかりすぎる、話が広がらない、ヒネリなさすぎっていうか、キャラ立ちするべき人物をそのままなんの工夫もなく置いただけというか。
こういう勘違い、キャラ立ちする人間は、置いたら自然に立つのじゃなく、回りでもって立たせるのだ。
向こうの記事でも指摘されているように、近頃は、記号化した順列配置したようなキャラを揃えて置くだけで、キャラが立っててさーと、成立しちゃうんだなあと。
というわけで、アニメも、ダメな作品が多くなってるけど、マンガもダメになってるのかなとか、そんなことはないんだろうけど、実際第一線のヒット作家は面白さに貪欲だし、その一方で、わかってない書き手も増えてきてるのかなとか思ったという話。
もう消しちゃったからなんともだけど、ガンスリなんかも、初めから、銃をバリバリ撃つ、特別少女だとか、観客にサブライズさせるとか、全然やってなかったんじゃないかなと。物語の演出より、画面作りさえしてればオーケーとか。まあそう言うところ、いかにもフランス映画とか、リュックベッソンなんかもそういう傾向あるけどね。